ボールパイソンは、具合が悪くてもそれと分かる様子を見せないことがあります。鳴き声を上げるわけでもなく、もともと動きの少ない動物です。だから「痛みなんて感じていないのでは」という言い方が、飼育の話のなかでときどき出てきます。
この問いについて、ボールパイソン(Python regius)を対象にした査読論文を7本と、爬虫類全体の総説を2本読み直しました。7本はいずれも、主観的な痛みを直接測った研究ではありません。調べているのは、侵害刺激や外科処置に伴う生理・行動の変化、薬を与えたときの熱刺激への反応の変化、炎症を起こした組織での分子の産生量といったものです。
この記事は、7本が何を測り、何を測っていないのかを整理します。読み終えたときに持ち帰ってほしいのは薬の名前ではなく、「普段どおりに見えること」を痛みを否定する根拠に使わないという一点です。
目次
侵害刺激や外科処置で、何が変わったのか
この問いは、感覚の話ではなく測定の話として扱えます。侵害刺激や外科処置を与えて、ボールパイソン(Python regius)の体に起きる変化を記録した査読論文が、少なくとも7本あるからです(うち1本は炎症時の分子の産生量を調べたもので、刺激への反応を測ったものではありません)。まずは、そこで何が動いたのかから見ていきます。
Williams ほか(2016年、Vet Anaesth Analg 43巻4号429〜434頁)は、11匹のボールパイソンの皮下にカプサイシン——トウガラシの辛味成分で、哺乳類では侵害受容——体が有害な刺激を検出して反応する仕組み——を引き起こすことが分かっている物質——を入れ、心拍の変化を記録しました。心拍のピークは基準値から 21.1±5.8 拍/分 上がりました。同じカテーテルから生理食塩水を「空打ち」したときの 8.8±7.1 拍/分に比べて大きく、差は統計的に有意でした(p=0.0055)。どちらも基準値からの変化量で、カプサイシンの値から生理食塩水の値を差し引いたものではありません。
この実験は、設計が丁寧です。生理食塩水とカプサイシンによる刺激の注入は留置カテーテル経由で、実験者の姿も音も届かない状態で行われています。人が近づいて注射すれば、それだけで心拍は上がってしまうからです。さらに一部の個体では、本番のカプサイシンの前に同じカテーテルから生理食塩水を2回「空打ち」しています。「カテーテルから何か入ってくる」こと自体への反応を見るための手順です。
外科処置でも生理指標は動きます。Olesen ほか(2008年、J Am Vet Med Assoc 233巻12号1883〜1888頁)は、15匹を3群(各5匹)に分け、椎骨動脈へのカテーテル留置という小さな外科処置を行いました。この研究は処置の72.5時間後の値を「基準」と定義し、処置後の各時点をそれと比べています。結果は、心拍が処置後1時間以内に上がり、血圧も1時間以内に上がって2.5時間後には基準値に戻りました。血漿コルチゾール——ストレスや侵害刺激で血中の濃度が上がるホルモン——は1.5時間後から上がりはじめ、6.5時間後にピークになっています。24.5時間後以降は、どの値も基準値付近で安定していました。

どちらも対象種(Python regius)で測られた値です。実験室の少数例で、飼育下の発生率ではありません
これらの研究が測ったのは、主観的な「痛み」ではありません
直接の測定対象は、心拍・血圧・血中ホルモン・餌に飛びつくまでの時間・熱刺激から体を引っ込めるまでの時間・炎症に関わる分子の産生量です。Williams ほかの論文も、題名に「ボールパイソンにおける侵害受容(ノシセプション)のモデルとして」と書いています。それが人間の言う「痛い」という主観的な体験を伴っているかどうかは、動物に聞けない以上、直接は測れません。
そのうえで、Serinelli ほか(2022年、Animals 12巻6号・記事番号697)の総説は、爬虫類の中枢神経系が解剖・生化学・生理のいずれの面でも「哺乳類と機能的に比較可能(より単純ではあるが)」であることを根拠に、爬虫類はノシセプションだけでなく「不快な感覚的・情動的体験」という定義での痛みも経験しうると述べています。この記事では、測られた事実は「反応」と書き、そこから先は推論だと分かる書き方をします。
行動としては、餌への反応が変わりました
心拍やコルチゾールは、家では測れません。もう少し観察に近いところで何か変わるのかを調べたのが、James ほか(2017年、J Zoo Wildl Med 48巻1号196〜199頁)です。この研究は餌に飛びつくまでの時間を指標にしました。
やり方はこうです。まず前の週に、死んだ齧歯類に12秒以内に飛びつくことを「正常な食べ方」として定義します(n=10)。そのうえで18匹を3群に分け、麻酔だけをかける群、カプサイシンを注射する群、外科的に切開する群に割り付けました。処置の4時間後と、その後3週間にわたって毎週、飛びつくまでの時間を記録しています。
結果は、カプサイシン群と切開群で、餌への反応の遅れが観察されました。麻酔だけの群では、この変化が出ていません。そして通常の給餌が再開したのは、カプサイシン群が1週後、切開群が3週後でした。各個体がその日に一斉に戻った、という意味ではありません。
「1週間・3週間」は、気づくまでにかかる時間ではありません
遅れそのものは、処置の4時間後の記録から観察されています。1週・3週というのは、通常の給餌に戻った時点のことです。
「変化が見えるまでに数週間かかる」という意味ではありません。やけどや外傷が疑われるとき、記録が数回ぶんたまるのを待つ理由にはなりません。気になることがあれば、その時点で受診を相談してください。
この研究から言えるのは、この実験の麻酔のみの群では通常の給餌が維持され、変化が出たのは侵害刺激を受けた2群だったということです。そして著者らは、給餌行動がヘビの痛みを評価するモデルになりうると結論しました。
当店の健康チェックの記事で体重と給餌の記録を勧めているのは、こうした変化を後から辿れるようにするためです。
研究で使われた指標と、日常の観察との距離
今回取り上げる7本が指標にしたのは、心拍・血圧・血中ホルモン・餌への反応速度・熱刺激からの逃避潜時・炎症に関わる分子の産生量でした。犬猫の痛みのスケールでよく使われる「鳴く・うずくまる・患部をかばう・表情が変わる」といった観察項目は、ここには出てきません。
ただし、これらの研究は、日常の観察で痛みをどれだけ検出できるかを調べたものではありません。指標の選び方から、飼い主の観察力の限界を結論することはできません。
ただし、「見ても分からない」が実証されたわけではありません
この7本はいずれも、日常の観察で痛みをどれだけ検出できるかを検証した研究ではありません。測っていない徴候が存在しないことの証拠にもなりません。
言えるのは、「普段どおりに見えること」だけを根拠に痛みを否定することはできないという一点です。逆に、観察そのものが無意味だという話でもありません。いつもと違うと感じたなら、それは十分に意味のある情報です。
研究の側も、測りにくさにぶつかっています。Olesen ほか(2008年)が処置の72.5時間後の値を基準値として定義しているのは、その一例です。計測機器を取り付ける行為そのものが侵襲になるため、落ち着いた状態の「処置前」を取りにくいという事情があります。
低温やけどについて、当店のサーモスタットの記事では、動物病院の解説を引いて「爬虫類は代謝が遅く、哺乳類とは痛みの反応が違うため、数日のあいだ明らかな徴候を示さないことがあり、飼い主が気づく前にやけどが悪化しうる」と紹介しています(Tree of Life Exotic Pet Medical Center)。これは臨床現場の説明であって、この記事で見ている7本が確かめた内容ではありません。出どころの違う話として読んでください。
同じ爬虫類でも、種によって結果が違います
「爬虫類には鎮痛剤が効かない」とまとめてしまうと、これも事実と合いません。別の種では効果が確認されています。
Kharbush ほか(2017年、Am J Vet Res 78巻7号785〜795頁)は、研究全体でボールパイソン44匹とアカミミガメ10匹を使い、両種を並べて調べています(検査の種類ごとに使った匹数は違います)。カメはμオピオイド受容体作動薬に反応することが分かっている種として、比較対象に選ばれました。そして両種の脳と脊髄におけるμオピオイド受容体 mRNA の発現量に、差は検出されませんでした。
測られたのはmRNA の発現量であって、受容体タンパク質の量でも、細胞表面の受容体数でも、その機能でもありません。また「差が検出されなかった」ことは「同じ量であることが証明された」ことでもありません。それでも、「受容体をコードする遺伝子がほとんど発現していないから効かない」という単純な説明は取りにくくなります。
この種差は、飼育者にとって実務的な意味を持ちます。爬虫類の鎮痛——痛みや侵害刺激への反応を和らげること——について見かける話が、ボールパイソンの話とは限らないということです。Serinelli ほか(2022年)の総説——ウミガメと爬虫類医療全般を扱ったもので、ボールパイソンの実測ではありません——が、爬虫類の鎮痛薬使用をいまだに「逸話的、あるいは他種からの危険な外挿」(原文 anecdotal or dangerously inferred from other species)と評しているのは、まさにこの点を指しています。体系的な検証が済んでいない経験的・逸話的な情報にとどまる、という意味です。
薬の結果は、実験条件と合わせて読む必要があります
「痛みがあるなら鎮痛剤を」と考えるのが自然です。ところが今回取り上げた研究の範囲では、モルヒネ・ブトルファノール・メロキシカムについて心拍などの反応を有意に抑える結果が出ておらず、フェンタニルでは熱刺激からの逃避潜時に有意な変化が認められていません。
この章には、研究で使われた用量が出てきます
すべて研究で用いられた実験条件であって、家庭での投与量を示すものではありません。家庭で与えないでください。
ただし、ここを「効く薬/効かない薬」のリストにしてしまうと誤ります。研究によって、与えた刺激も評価指標も違います。心拍で見た研究と、熱刺激から体を引っ込めるまでの時間で見た研究は、そもそも同じ軸に並びません。同じ逃避潜時を測った研究どうしでも、薬・用量・投与経路・測定時点が違うので、数値をそのまま薬の優劣として比べることはできません。

4本は薬・用量・投与経路・測る時点が違うので、同じ軸では比べられません。グラフにしてあるのは、1本の研究の中での比較だけです
抗侵害受容作用を示す変化が確認されなかった条件
Williams ほか(2016年)は、カプサイシンの7時間前にモルヒネ 10mg/kg または ブトルファノール 10mg/kg を筋注した群を作りました。どちらも心拍の上がり方を有意に下げていません。
Olesen ほか(2008年)は、術前にメロキシカム 0.3mg/kg または ブトルファノール 5mg/kg を投与しましたが、心拍・血圧・カテコールアミン・コルチゾールのいずれについても、生理食塩水群との有意差はありませんでした。
Kharbush ほか(2017年)は、フェンタニルの貼付剤を使いました。12μg/h 群の血漿中フェンタニル濃度は、24時間後に平均 238 ng/mL に達しています。それだけ入っているのに、3〜48時間のどの時点でも、熱刺激から体を引っ込めるまでの時間に、投与前とも無貼付の対照とも有意差は認められませんでした(熱刺激の試験は、無貼付16匹・3μg/h 8匹・12μg/h 9匹で実施)。著者らの結論は、この種はμオピオイドに依存した抗侵害受容に抵抗性があるというものです。
ただし、体に何も起きなかったわけではありません。同じ研究では、熱刺激からの逃避潜時に有意差が認められなかった一方で、高用量群の呼吸数が投与前に比べて24時間後に23%、48時間後に41%、有意に下がったと報告されています。狙った効果が確認できないことと、作用が何も無いことは別です。
ここで直接確かめられたのは、フェンタニルの経皮投与という条件で、熱刺激からの逃避潜時に有意な変化が認められなかったことです。すべてのμ作動薬が、すべての投与条件で、あらゆる種類の痛みに無効だと示したものではありません。
熱刺激への反応が変わった条件
効果が示されたのは、オピオイド——モルヒネやフェンタニルのように、オピオイド受容体に作用する薬の総称です——でもNSAIDsでもなく、α2作動薬のデクスメデトミジンでした。Bunke ほか(2018年、Am J Vet Res 79巻7号718〜726頁)が12匹に皮下投与したところ、基準値5〜7秒だった引っ込めるまでの時間が、投与2時間後に 0.1mg/kg で13秒、0.2mg/kg で18秒 延長しました。投与15分以内には延長が検出されています。著者らの結論は「デクスメデトミジンはボールパイソンや他のヘビ類で有用な鎮痛薬になりうる(may be)」という書き方です。測られたのは熱刺激に対する反射の潜時であって、痛みそのものではありません。
この研究は、行動スコア(舌を出す・手の接近に頭を引く・体を動かす・体勢を立て直す)も取っています。投与2時間後の時点で差が認められた行動評価項目は少数でした——過度の鎮静、つまり動きが減っておとなしくなりすぎる状態は起こしていない、という確認です。ただし「少なかった」は「まったく無かった」ではありません。鎮静薬である以上、デクスメデトミジン側にも同じ疑いが残ります。
いっぽう同じ論文が、呼吸数が生理食塩水に比べて55〜70%下がったと報告しています(この呼吸と行動の評価は 0.1mg/kg の条件です)。ただし著者らは、長時間の無呼吸を伴わずに呼吸は継続したとも書いています。
この点は後の研究で見え方が変わりました。Karklus ほか(2021年、Am J Vet Res 82巻1号11〜21頁)が14匹に全身プレチスモグラフィを使い、呼吸数だけでなく1回換気量と分時換気量まで測ったところ、デクスメデトミジン(0.1mg/kg 皮下)は呼吸数を下げる一方で1回換気量を増やし、分時換気量は投与後240分までの各測定時点で、基準値との有意差が認められませんでした。呼吸が浅く弱くなるのではなく、ゆっくり深くなっているという読み方になります。
ただし、この2本は比べる相手が違います。Bunke の「55〜70%低下」は生理食塩水群との比較、Karklus の「分時換気量に差なし」は同じ個体の基準値との比較です。後の研究が前の研究を打ち消したわけではなく、見ている量が呼吸数から換気量に増えた、と受け取るのが正確です。
同じ研究は、呼吸刺激薬のドキサプラム(10mg/kg 皮下)を併用した群も作りました。デクスメデトミジン単独と比べて、30分後と60分後の分時換気量が有意に増えています(呼吸数と1回換気量には、どの時点でも有意差が認められませんでした)。熱刺激から引っ込めるまでの時間は、単独投与でも併用でも、生理食塩水に比べて有意に延長しました。著者らの結論では、併用が呼吸数の低下を「緩和しうる(may mitigate)」という書き方になっています。
ここに書いた用量は、研究の条件です。家庭で投薬しないでください
挙げた数字はすべて研究で用いられた実験条件であって、家庭での投与量を示すものではありません。
自己投薬を避ける理由は「効かないから」ではありません。この種での有効性と安全性が確立しておらず、量と適応を決めるのが獣医師の仕事だからです。前の章で引いた Serinelli ほか(2022年)の評——爬虫類の鎮痛薬使用は逸話的か、他種からの危険な外挿にとどまる——は、家庭での自己判断にそのまま当てはまります。痛みの管理は、受診して相談する領域です。
鎮静と鎮痛は、別のものです
Williams ほか(2016年)のブトルファノール群では、筋緊張で評価するかぎり強く持続的な鎮静が起きていました。それでもカプサイシンに対する心拍反応の有意な低下は認められませんでした。
動かなくなった、おとなしくなった、という変化は「痛みが取れた」ことを意味しません。
哺乳類の枠組みが、そのまま当てはまるとは限りません
人や犬猫の消炎鎮痛剤には、炎症のときに増える COX-2 を選択的に、あるいは優先的に抑えることを狙った薬があります。先に出てきたメロキシカムも COX-2 優先とされる薬です。ボールパイソンの組織で COX がどう動くかを調べたのが Sadler ほか(2016年、Am J Vet Res 77巻5号487〜494頁)です。
健康な成体のオス6匹から、まず炎症のない皮膚と筋肉を生検で採り、同じ個体のその採取部位から5cm離れた位置に、レーザーで2cmの切開を加えて炎症を起こします。7日目に、今度は切開部位から組織を採って比べました。
結果は、炎症を起こした皮膚では COX-1 が有意に増え、COX-2 には有意差が認められませんでした。筋肉では逆に COX-1 が有意に低下し、COX-2 はやはり有意差が認められませんでした。組織によって向きが違います。
これは COX タンパク質の産生量を見た研究で、薬の効き目を比べた試験ではありません。著者らの結論も「爬虫類の COX 経路についてはさらなる研究が必要」という慎重なものです。n=6、レーザー切開という単一の炎症モデル、採取は7日目の1点のみ、という条件つきの結果でもあります。ここで言えるのは、哺乳類で組み立てられた図式がこの種でも成り立つかどうかは確かめられていない、ということまでです。
なお、この結果から Olesen ほか(2008年)でメロキシカムに有意差が出なかった理由を説明することはできません。術式も組織も測定時点も評価項目も違いますし、Sadler ほかが測ったのはタンパク質の産生量であって、酵素の活性でも薬による阻害の程度でもありません。
研究の世界では、この前提はどう扱われているか
Lambert ほか(2019年、Animals 9巻10号・記事番号821)は、感覚や情動に関する168のキーワードで4つの学術データベースとオープンアクセス誌1誌を検索し、爬虫類の感覚能力に触れた論文を数え上げました。その結果、不安・苦悶・興奮・恐怖・フラストレーション・痛み・ストレス・苦しみのいずれかを爬虫類が感じうるものとして扱っていた論文が37本あったと報告しています。別に、快・情動・不安を感じる能力を実際に検討し証拠を報告した論文が4本見つかったとも書いています。
読み方に注意が要ります。この37本は「爬虫類が痛みを感じることを証明した実験」ではありません。また「痛み」だけを扱った37本でもなく、8つの状態のいずれかを前提にしていた論文の合計です。Lambert ほかが数えたのは、研究者がその前提で実験を組んでいたケースでした。
論文の題は Given the Cold Shoulder——「冷遇されてきた」です。著者らは、爬虫類の感覚・情動を経験する能力が研究の前提として扱われていることと、この領域への研究上の関心が限られていることの両方を論じています。件数そのものは、研究者の合意率を測ったものではありません。「すでに決着している」の根拠にも、「まだ誰も認めていない」の根拠にもなりません。
そのうえで Serinelli ほか(2022年)の総説は、爬虫類はノシセプションだけでなく「不快な感覚的・情動的体験」としての痛みも経験しうると踏み込んでいます。同時に同じ総説が、痛みの評価と鎮痛薬の有効性に関する文献は断片的で、基本的な欠落や方法論上の偏りがあり、結果を正しく解釈できないとも書いています。「感じうる」という前提は共有されつつある一方で、「どう測りどう抑えるか」はまだ解けていない。これらの総説が示しているのは、そういう立場です。
異常があれば受診を相談し、経過を記録する
記録は、受診の条件ではありません
やけど・外傷・口元の異常など、何かあったと思われる場合は、記録がそろうのを待たずに受診を相談してください。これから書く記録は診療を補うためのもので、様子を見る口実ではありません。
そのうえで、ここまでの研究から飼い主に使える形で持ち帰れることは、そう多くありません。ただ1つはっきりしています。痛みがあるかどうかを家で判定しようとするのではなく、いつもとの差を残しておくことです。
給餌の記録に、食べ方を1行足す
James ほかの研究で指標になったのは「餌に飛びつくまでの秒数」でした。家で秒単位の計測をする必要はありませんが、同じ方向の記録なら取れます。日付と「食べた/食べない」だけだと、こぼれてしまう細かさです。
- 反応の速さ——出してすぐ飛びついた/しばらく様子を見てから/ケージに置いたまま後で食べていた/食べなかった
- 食べ方——いつもどおり巻きついた/くわえ直しが多かった/途中でやめた
- その週に何かあったか——脱皮、メンテナンス、ケージの移動、受診、処置、気温の変化
食べ方が変わった時期に何が起きていたかを後から辿れるようにしておくと、診察のときに渡せる材料になります。体重も併せて取ってください。なおどれくらいの間隔で体重を測るべきかは、資料によって示され方が分かれます。家庭で飼う健康な個体について一律の間隔を示した資料は見つからなかった、というところまでを当店の健康チェックの記事で整理しています。間隔は、獣医師と相談して決める部分です。
とくに意識して見るきっかけ
何も起きていないときに神経質になる必要はありません。見る密度を上げるのは、侵害刺激が加わった可能性があるときです。
- 低温やけど——熱源に接していた形跡、腹側の鱗の変色
- 脱皮不全で皮膚が傷んだとき、締めつけが残ったとき
- マウスロットなど口元の異常——食べ方そのものに直接影響します
- ケージ内での外傷、硬いレイアウトへの衝突
- 受診・処置のあと
やらないほうがいいこと
人用・犬猫用の鎮痛剤を、自己判断で与えないでください。量と適応を決めるのは獣医師の仕事で、しかもこの種では有効性の確認が進んでいません。適応と投与量は、個体の状態と処置の内容を見たうえで獣医師が判断する部分です。
もう1つ、おとなしくなったことを改善と読まないでください。Williams ほか(2016年)のブトルファノール群は、強く持続的な鎮静を起こしながら、カプサイシンに対する心拍反応の有意な低下は認められませんでした。
脱皮そのものの話とは別です
この記事が扱っているのはやけど・外傷・切開のような侵害刺激で、脱皮そのものの話ではありません。脱皮に痛みが伴うかどうかを対象種で測った資料は、今回見た範囲では見つかっていません(当店の脱皮の頻度と時間の記事は「一般的には痛みを伴わない」と書いていますが、この記事はそこを裏づけても否定してもいません)。
ただし脱皮不全で皮膚が傷んだり、締めつけが残ったりした場合は、そこから先は外傷の話になります。脱皮殻の記事と合わせて、残り方を確かめてください。
受診のときに伝えること
痛みの管理について相談すること自体は、まったく問題ありません。むしろ、処置や手術の予定があるなら事前に相談しておく価値があります。この記事で見たとおり確立した選択肢が少ない領域なので、どう考えるかは獣医師によって違いうるからです。
そのときに役に立つのが、経過の記録です。
飼い主が持ち込むなら、薬の名前よりこちらです。記録が無くても受診はしてください——問診・診察・検査から分かることがあります。記録はそこに足せる材料、という位置づけです。爬虫類を診られる病院は限られます。無症状のときの健診の間隔についてどんな資料があるかは、健康チェックの記事にまとめてあります。
この記事が言っていないこと
- 「ボールパイソンは人間と同じように痛みを感じる」とは書いていません。測られたのは生理指標・行動・分子の変化で、主観的な体験そのものではありません
- 「見ても分からない」とも書いていません。7本のどれも、日常の観察でどれだけ検出できるかを調べていません。言えるのは「普段どおりに見えること」を痛みを否定する根拠に使えない、までです
- 「この薬は効かない」とも断定していません。いずれも特定の用量・投与経路・刺激の種類・測り方での結果です。別の条件なら違う結果になりえます
- 規模は小さいものです。研究全体の個体数で6〜44匹、処置群ごとではもっと少なく、Olesen ほかは各群5匹です
- 飼育下でどれくらいの個体が痛みを抱えているか、という話は一切していません。どの研究も発生率を調べたものではありません
- 投薬の指示はしていません。用量は研究条件としてのみ挙げています
それでも、飼育のうえで変わる点はあります。「反応が無いこと」を「問題が無いこと」の証拠に使わない。それだけでも、拒食や病気の初期対応は変わってくると思います。
参考にした資料
対象種(Python regius)を扱った査読論文
- Olesen MG, Bertelsen MF, Perry SF, Wang T.「Effects of preoperative administration of butorphanol or meloxicam on physiologic responses to surgery in ball pythons」J Am Vet Med Assoc 233(12):1883–1888(2008年)——15匹、3群各5匹
- Sadler RA ほか「Evaluation of the role of the cyclooxygenase signaling pathway during inflammation in skin and muscle tissues of ball pythons (Python regius)」Am J Vet Res 77(5):487–494(2016年)——健康な成体オス6匹
- Williams CJ, James LE, Bertelsen MF, Wang T.「Tachycardia in response to remote capsaicin injection as a model for nociception in the ball python (Python regius)」Vet Anaesth Analg 43(4):429–434(2016年)——11匹、各処置 n=6
- James LE, Williams CJ, Bertelsen MF, Wang T.「Evaluation of feeding behavior as an indicator of pain in snakes」J Zoo Wildl Med 48(1):196–199(2017年)——18匹を3群に割付
- Kharbush RJ ほか「Antinociceptive and respiratory effects following application of transdermal fentanyl patches and assessment of brain μ-opioid receptor mRNA expression in ball pythons」Am J Vet Res 78(7):785–795(2017年)——ヘビ44匹・カメ10匹。熱刺激の試験は無貼付16匹/3μg/h 8匹/12μg/h 9匹
- Bunke LG, Sladky KK, Johnson SM.「Antinociceptive efficacy and respiratory effects of dexmedetomidine in ball pythons (Python regius)」Am J Vet Res 79(7):718–726(2018年)——12匹
- Karklus AA, Sladky KK, Johnson SM.「Respiratory and antinociceptive effects of dexmedetomidine and doxapram in ball pythons (Python regius)」Am J Vet Res 82(1):11–21(2021年)——14匹
爬虫類全体を扱った総説(対象種の実測ではありません)
- Serinelli I, Soloperto S, Lai OR.「Pain and Pain Management in Sea Turtle and Herpetological Medicine: State of the Art」Animals 12(6)・記事番号697(2022年)
- Lambert H, Carder G, D'Cruze N.「Given the Cold Shoulder: A Review of the Scientific Literature for Evidence of Reptile Sentience」Animals 9(10)・記事番号821(2019年)
当店の記事
- ボールパイソンの健康チェック——観察・体重測定・定期健診の間隔が、資料ごとにどう示されているか
- 爬虫類のサーモスタットはなぜ必須か——低温やけどの仕組みと、臨床側の説明
- ボールパイソンの脱皮不全 / ヘビの脱皮殻からわかること
- ボールパイソンのマウスロット / ボールパイソンの持ち方

