スパイダーは、1999年に世に出てから今も定番であり続けているモルフです。モルフとしての基本情報は当店のモルフ図鑑にまとめてあります。
同時に、この名前は「ウォブル」という言葉とセットで語られます。検索すると「気にするほどではない」という話と「飼うべきではない」という話が、どちらも同じくらい出てきます。
先に整理しておくと、分かっていないのは「どのくらいの割合で、どの程度出るのか」であって、症状があること自体ではありません。そして2022年に、原因の見当がつく報告が出ました。
そしてもう1つ。当店のモルフ図鑑には、この記事で訂正する記述があります。詳しくは「図鑑の記載を訂正します」に書きました。
この記事は、査読を通った論文で確かめられたことと、まだ確かめられていないことを分けて書きます。
立場を先に書いておきます
LilBalls はモルフを軸にしたボールパイソンの専門店です。売り手が書いている記事だという前提で読んでください。そのうえで、この記事では都合の悪い側の材料も省かずに並べます。
目次
スパイダーというモルフ
スパイダーは1999年に New England Reptile Distributors(NERD)が初めて繁殖に成功したモルフです。原個体はアフリカからロサンゼルスへ輸入された野生個体で、そこから複数の手を経て NERD にわたりました。この経緯は当店のモルフ図鑑にも、MorphMarket の Morphpedia にも記載があります。
遺伝は不完全優性です。ホビーの現場では慣習的に「共優性(コドミナント)」と呼ばれることが多く、当店のモルフとは?の記事もその呼び方に合わせています。遺伝子を1つ持てば見た目に出ます。スパイダーを1つ持つ個体と、その座位に関連する変異を持たない個体を掛けた場合、子がスパイダーになる確率はおよそ50%です。
見た目は、黒い部分が細い網目のように減り、その間のエイリアンヘッドが大きく広がって黄土色〜明褐色になること。腹側の模様は薄れて白く抜ける傾向があります。Morphpedia の入手性は「Common」で、流通量の多いモルフです。
ウォブルとは何を指すのか
「ウォブル」は、頭の揺れやねじれ、運動の不調などをまとめて呼ぶ言葉です。獣医学の論文でも「wobble syndrome」として使われますが、この呼び名だけで原因が確定するわけではありません。2022年の論文(Starck ら, PLoS ONE 17巻8号 e0262788)は、ウォブルの内容として次の3つを挙げています。
頭がねじれる頭を横倒しにしたり、コークスクリューのようにねじったりする
まっすぐ進めない体の運びがぎこちない、意図した方向に進まない
獲物を狙えない・巻きつけないアタックが外れる、巻きつきが決まらない
程度の幅は非常に大きく、言われないと気づかないレベルから、日常生活に影響するレベルまであります。Morphpedia はスパイダーの「Issues」欄に「Light to Severe Wobble(軽度から重度のウォブル)」と記載し、給餌のときや興奮しているときに目立ちやすく、ストレスや飼育環境の影響を受けるとしています(2025年2月5日更新時点)。
「スターゲイジング」という呼び方について
当店のモルフ図鑑では、この神経症状を「スターゲイジング(仰ぎ見行動)」と表記しています。ホビーで古くから使われてきた呼び方です。本記事では、2022年の論文が扱っている症状のまとまりを指す語として「ウォブル」に統一しました。
なお「スターゲイジング」は、頭を持ち上げて上を向く姿勢そのものを指す言葉としても使われ、原因は1つではありません。語だけで原因は判断できません。落ち着いていた個体に急にこの手の神経症状が出た場合は、モルフのせいと決めつけず受診してください。
2022年、内耳に形態の違いが見つかった
長いあいだ、ウォブルは「原因は分からないが、スパイダーに付いてくるもの」として扱われてきました。それが2022年に動きます。
分かったこと
1本目(Starck ら, PLoS ONE 17巻8号 e0262788, 2022年)は、頭骨の耳の領域を高解像度のマイクロCTで撮り、3Dで再構成して野生型と比べたものです。野生型5個体、スパイダー4個体。
スパイダー側では、半規管が広い、膨大部が広がってマイクロCTで見分けにくい、総脚(半規管が合流する部分)が変形している、球形嚢が小さくX線像が大きく異なる——という違いが見つかりました。回転を感じるのが半規管、傾きを感じるのが球形嚢です。どちらも平衡感覚をつかさどる内耳の器官で、頭がねじれる・まっすぐ進めないという症状と素直につながります。
2本目(Schrenk ら, Journal of Comparative Pathology 196巻 26-40頁, 2022年)は、生きている個体をCTとMRIで撮った報告です。スパイダー5個体、野生型3個体。こちらでも内耳の形態にはっきりした差が確認されています。
さらに、爬虫類の幼体医療をまとめた獣医向けの総説(Latney, Veterinary Clinics of North America: Exotic Animal Practice 27巻2号 379-409頁, 2024年)が、表現型選抜が前庭疾患をもたらした例としてこの件を挙げています。
つまり「原因不明の症状」から「平衡感覚の器官に形の異常があり、それで説明がつく症状」に変わったのが、2022年です。
右列「分かっていないこと」の3項目は、論文自身が認めているか、方法の記述から読み取れるものです

分かっていないこと
この2本から「スパイダー全体がこうだ」とは言えません。理由は4つあります。
この研究の限界
① 個体数が少なすぎて統計が使えない。Starck らは「標本数の制約から統計解析はできない」と本文中で明言しています。それでも解剖学的な証拠は関連を支持するに足る、という書き方です。
② 調べた個体の選ばれ方に偏りがある。Starck らのスパイダー4個体は、神経症状の原因を調べるために飼い主が病院へ連れてきた個体です。症状のある個体が集まっているのは当然で、ここから「スパイダーなら必ずこうなる」とは導けません。
③ 個体差が大きい。著者らは、見つかった形態の違いについて「個体内・個体間のばらつきがかなり大きい」と書いています。形の異常の程度と症状の重さがどう対応するのかは、まだ整理されていません。
④ 2本は独立した追試ではない。Starck・Schrenk・Pees は両方の論文の著者で、同じ研究グループによる関連報告です。しかも Starck らは、調べた個体の病歴・臨床所見・生体での診断について Schrenk らの報告を参照しています。別々の集団を別のグループが確かめた、という数え方はできません。Latney の総説も、この知見を引用したものです。
「全部のスパイダーがウォブルする」は本当か
ここが、いちばん意見が割れるところです。手元の材料を並べます。
Morphpedia(MorphMarket)「程度の差はあれ、すべてのスパイダーボールパイソンはウォブルする。ただし極端な例はまれで、ほとんどは普通に生活する」
Starck ら 2022調べたスパイダー4個体すべてでウォブルが確認された。ただし上のとおり、症状を理由に来院した個体
見当たらないもの無作為に選んだスパイダー集団で、発現率と重症度の分布を測った研究。公表されたものを当店では確認できていません
Morphpedia は全個体に程度の差のあるウォブルがあると記載しています。一方、Starck らの4個体は症状を理由に選ばれているので、この研究から全体の発現率は推定できません。2つは同じ種類の根拠ではなく、足し合わせて「だから全部だ」とは言えません。
専門家への調査もあります。英国の研究者が繁殖者と動物福祉研究者にアンケートを行った報告(Rose & Williams, Journal of Exotic Pet Medicine 23巻3号 234-239頁, 2014年)では、繁殖者13名の回答は「どのくらいの割合に出るか」で割れました。一方で「重度に出る個体は少ない」という点では概ね一致しています。ただしこれは繁殖者100名に送って13名から回答を得た専門家意見の調査で、無作為に選んだ個体を統一基準で診察したものではありません。
ですのでこの記事は、スパイダーには程度の差はあれ平衡感覚の問題が付随すると考えて選び、目の前の個体がどうかは個体を見て判断する、という言い方にとどめます。「まれだから問題ない」も「全部重症」も、いまある根拠からは言い過ぎです。
なお、スパイダー遺伝子を持つ個体の販売を禁止しているイベントが海外にはあります。Morphpedia も「一部のエキスポがスパイダー遺伝子を持つ個体の販売を禁止している」と記載していますし、2018年には英国の IHS(国際爬虫類学会)が展示会での販売を禁止しました(対立遺伝の記事に出典つきでまとめています)。「議論がある」というのは、この水準の話です。
スパイダーだけの話ではない
ウォブルはスパイダー固有ではありません。Morphpedia でスパイダーコンプレックスに分類されているシャンパンは、スパイダーとまったく同じ「Light to Severe Wobble, Lethal Super」という記載です。ヒドゥンジンウォマにも同じ記載があり、ウォマには「Genetic Wobble」と記載されています(いずれも2025年2月5日更新時点)。コンプレックスに含まれるモルフの一覧と、それぞれのウォブルの出方は対立遺伝の記事にまとめてあります。
そして、スパイダーが入ったコンボモルフは、当然スパイダーの性質を引き継ぎます。バンブルビー(パステル × スパイダー)はその代表です。
「スパイダーを避ければ安心」ではありません
コンボの愛称には、スパイダーという語が入りません。バンブルビー、スピナー、キラービーなど、名前だけでは分からないものがたくさんあります。気になる場合は、モルフ名ではなく「どの遺伝子が入っているか」で確認してください。読み方はモルフとは?の記事に書きました。
組んではいけない組み合わせ
繁殖を考えるなら、こちらのほうが実務的に重要です。
Morphpedia はスパイダーの Issues に「Lethal Super」(スーパー体は致死)と明記しています。スパイダー同士の交配は避けてください。
そして、危ないのは同じモルフ同士だけではありません。ただし「同じコンプレックスなら全部致死」でもありません。Morphpedia は組み合わせごとに書き分けています。シャンパンのページの記載はこうです。
以下はいずれも「その2つの変異を併せ持って生まれた子」についての記載です。交配した親がそうなるという意味ではありません。
シャンパン+スパイダー両方を持つ子は致死(Lethal)と記載。この交配は避けてください
スーパーシャンパンシャンパン同士の交配で生じうるスーパー体は致死(Lethal)と記載
シャンパン+ヒドゥンジンウォマ/スポットノーズ両方を持つ子は重度のウォブルを示すと記載(致死とは書かれていません)
シャンパン+セーブル両方を持つ子は孵化が難しく、重度のウォブルを示すと記載
つまり、致死なのか、重い症状が出るのかは、組み合わせごとに確認が必要だということです。「同じ座位だからすべて同じ」とまとめてはいけません。当店の対立遺伝の記事にも一覧がありますが、Morphpedia と評価が分かれている組み合わせがあるので、最終的には出典に当たって判断してください。
モルフ計算機は、致死の組み合わせを警告しません
当店のモルフ計算機は組み合わせの確率を出すためのツールで、致死の組み合わせに注意を出す機能はありません。スパイダー × スパイダーを入れれば「スーパースパイダー」も結果に並びます。
致死かどうかは計算機の結果では判断できません。上の一覧や Morphpedia の各モルフのページで確認してください。コンボの場合は愛称ではなく、入っている遺伝子で判断します。繁殖全体の進め方は繁殖完全マスターガイドにまとめています。
図鑑の記載を訂正します
最後に、当店自身の記載について書きます。
当店のモルフ図鑑には、スパイダーの神経症状について「この神経障害は命に影響があるものではなく、神経障害が確認されても他のボールパイソン同様、給餌、繁殖が可能です」という記述があります。全個体に当てはまる説明としては不適切なので、この記事で訂正します。
根拠は、繁殖者と動物福祉研究者への調査(Rose & Williams, 2014年)です。
回答は「食べる」と「狙いが外れる」に分かれた給餌反応は良好という回答が13名中6名(46%)。一方で運動機能の問題からアタックの精度が悪いという回答が4名(30%)ありました。繁殖者の回答の集計であって、全個体を調べた結果ではありません
摂餌不良を理由にした安楽死の報告がある2個体について報告されています(自力で食べる能力の問題か、食べる意欲の問題かは区別できていない、と著者は但し書きしています)
「食べられる・繁殖できる」は生活の質の証明にならない著者らは、繁殖者がそれをもって生活の質に影響がないと考えがちだがそうとは限らない、と明記しています
評価は立場で割れる動物福祉研究者28名のうち89%(25名)が中〜高度の福祉上の影響があると判断しました。繁殖者側の評価とは開きがあり、著者らは両群に内在するバイアスを反映している可能性を指摘しています
寿命への影響は分かっていないRose & Williams は、2014年の時点で寿命に関するデータがないとしています
ですので、「給餌も繁殖もできるから問題ない」とは書けません。症状の程度によっては摂餌や姿勢の維持に支障が出ます。図鑑の記載は見直しの対象として、この記事の内容を優先してください。
迎えるとき、迎えたあと
動いているところを見る写真だけでは分かりません。床に降ろして動かしてもらったところを見せてもらってください(給餌直後は避けます)。イベントや通販なら動画をお願いするのが確実です
給餌の様子を聞く症状は給餌のときに出やすいとされています。アタックが外れることがあるか、自力で食べているかを聞いてください。ここが問題なければ、日常でいちばん困る場面がひとつ減ります
迎えたあと症状はストレスや飼育環境で目立ち方が変わるとされています。まずは触りすぎず、温度・湿度・シェルターを整えて落ち着かせてください。迎えた直後は環境が変わる時期なので、そこだけで程度を判断しないことです。ただし、自力で食べられない・姿勢を戻せないなど生活に支障がある場合は、慣れるのを待たずに相談してください
繁殖に使うなら組み合わせを先に決めるスパイダー同士、シャンパンとの組み合わせは避けます。同じコンプレックス内でも評価は組み合わせごとに違うので、一括りにせず個別に確認してください
受診をためらわないでください
急に頭のねじれや運動失調が出た場合は、ウォブルと決めつけないでください。神経症状はウォブル以外の原因でも起こります。
そして以前からある症状でも、自力で食べられない・姿勢を戻せない・移動に支障があるなら、環境に慣れるのを待たずに相談してください。「スパイダーだからこういうもの」という理解が、受診を遅らせる方向に働くことがあります。
まとめ
スパイダーは1999年から続く不完全優性のモルフNERD が初繁殖。ホビーでは「共優性」と呼ばれることが多い
2022年、内耳の形態異常が報告された半規管・膨大部・総脚・球形嚢に野生型との違い。平衡感覚の器官なので、症状の説明がつく
ただし個体数が少なく、選ばれ方に偏りがあり、独立した追試でもない著者自身が統計解析はできないと明記している
代表性のある発現率・重症度の推定はまだない繁殖者への調査はあるが、無作為に選んだ個体を統一基準で診察したものではない。「まれだから問題ない」も「全部重症」も言い過ぎ
スパイダーだけの話ではないシャンパン、ヒドゥンジンウォマ、ウォマにも同様の記載。スパイダー入りコンボも同じ
組み合わせは先に確認するスーパースパイダー、およびシャンパンとスパイダーを併せ持つ子は Morphpedia が致死と記載。ただし同じコンプレックスでも組み合わせで評価が違うので個別に確認する。計算機は致死を警告しない
見るのは個体動いているところを見る。給餌の様子を聞く。急に出た神経症状は受診する
モルフの基本から知りたい方はモルフとは?の記事を、コンプレックスと致死の組み合わせを詳しく知りたい方は対立遺伝の記事をどうぞ。

