ボールパイソンの上唇には、穴が並んでいます。ピット器官と呼ばれる、熱を感じ取る器官です。当店のボールパイソンとは?の記事では、これを「獲物の体温を感じとる器官」として紹介しました。
ただ、それだけの器官ではありません。「赤外線を見ている」という言い方もよくされますが、温度計のように何℃かを読んでいるわけでもありません。
とくに、「約30℃で反応する」という数字が一人歩きしています。これが何の温度なのかを含めて、査読論文から整理します。
目次
穴の中に入っているもの
まず、ボールパイソンの唇にあるピットは、ただの小さなくぼみではありません。中には神経と血管が入り込んだ、感覚器としてのつくりがあります。
2025年に Proceedings of the Royal Society B に掲載された、ボアとパイソンの唇のピットを扱った論文は、ピットの構造をこう説明しています。
「唇のピットは、特殊化した三叉神経の線維と毛細血管からなる、解剖学的に複雑な構造である」
三叉神経は、顔の感覚を脳へ運ぶ神経です。つまりピットは、目そのものではなく、顔の感覚を伝える神経の側につながっている器官です。
この論文の著者らは、ピットのつくりが複雑であることから、次のようにも論じています。
「この形質が失われることは起こりにくいはずだ」
これは、ピットを失うにせよ、作り直すにせよ、神経と血管の配置を大きく変える必要があるだろう、という見立てです。ただし、ここは大事です。これは著者の推論で、検証された話ではありません。この考え方は、後半で出てくる系統樹の読み方にも関わってきます。
ピットのつくり

マムシ類の穴とは、位置も数も違う
ここまでが、ボールパイソンの唇のピットそのものの話です。次に、よく混同されるマムシ類のピットと比べてみます。
どちらも「ピット器官」と呼ばれることがあります。ただし、2025年の論文は、ピット器官には2種類あると整理しています。
「これらの特殊化した器官は、マムシ亜科(Crotalinae)では目と鼻孔のあいだのくぼみ(ロレアルピット)として、多くのパイソンと一部のボアでは複数の唇のスリットとして現れる」
違いを簡単にまとめると、こうなります。
- マムシ類(ガラガラヘビ、ハブなど):目と鼻孔の間に1対だけあります。これがロレアルピットです。
- パイソン・ボア(ボールパイソンを含む):唇に沿って複数並ぶスリットがあります。これが唇のピット(labial pits)です。
位置・数・構造の比較

違うのは、位置と数だけではありません。構造そのものも違います。
マムシ類のロレアルピットは、中が空洞です。その空洞の中に、薄い膜が宙づりに張られています。2010年に Nature に掲載された論文は、この膜を「赤外線のアンテナとして働く」と表現しています。この膜はミトコンドリアに富み、血管が発達し、三叉神経の線維が密に入り込んでいます。
では、ボールパイソンを含むパイソンやボアの唇のピットはどうでしょうか。2010年の論文は、マムシ類との違いをこう書いています。
「パイソンとボアは唇のピット器官を持ち、これは吻部に分布していて、クサリヘビ類のロレアルピットに見られる複雑な構造を欠いている。とはいえ同様に血管に富み、三叉神経の線維に支配されているが、その密度は低い」
つまり、パイソンやボアの唇のピットにも血管と三叉神経はあります。しかし、マムシ類のロレアルピットにあるような、空洞の中に膜が張られた複雑な構造は持っていません。
感度についても、差が報告されています。2010年の論文は、パイソンとボアの赤外線感知は、マムシ類に比べて5〜10分の1の感度だとしています。一方、2025年の論文は、「ロレアルピットのほうが構造的に複雑で、少なくとも4倍は感度が高い」とまとめています。さらに、「パイソンとボアが複数対のピットを持つのに対し、マムシ類が1対しか持たないのは、このためかもしれない」とも付け加えています。
ただし、倍率は資料によって幅があります。どちらも古い生理学の研究を引いた数字です。ここで言えるのは、パイソン・ボアの赤外線感知はマムシ類より感度が低いと報告されているということまでです。「ピット1個あたり何倍」という単位までは、この2本の論文からは決まりません。
熱センサーの正体は TRPA1
ここからは、赤外線をどう感じているのかという話です。主役になるのは、2010年の Nature 論文です。この研究は、ボールパイソン(Python regius)そのものを扱っています。
この論文が示した重要な点は、赤外線を「光として」見ているわけではない、ということです。論文は次のように説明しています。
「ヘビは赤外線の信号を、光化学的な変換ではなく、ピット器官が放射によって温められることを介した仕組みで検出している」
つまり、赤外線がピットの組織に吸収されます。すると、その組織がわずかに温まります。その温度変化を神経が拾っている、という仕組みです。
その熱センサーとして働くのが、TRPA1 です。TRPA1 は、熱で開くイオンチャネルです。イオンチャネルとは、細胞膜にある小さなゲートのようなものです。熱でこのゲートが開くとカルシウムが流れ込み、神経が信号を出します。
ただし、ここで誤解しないでください。ピットは目ではありませんが、「目とは無関係」でもありません。2010年の論文は、赤外線の信号が三叉神経を通って、脳の視蓋(しがい)へ送られると書いています。視蓋は、視覚などの情報処理に関わる脳の領域です。そこで他の感覚の入力と収束し、熱の像と視覚の像が脳内で重ね合わされるとされています。
受け取り口は目とは別です。しかし、最後には脳の中で視覚と一緒に処理される、という整理です。
働きはじめる温度が、ピットの有無でずれる
次に、TRPA1 がどのくらいの温度で反応しはじめるのかを見ます。ここも2010年の論文の実験です。
この研究では、ヘビ4種の TRPA1 をクローニングしました。クローニングとは、ここでは対象になる遺伝子を取り出して扱えるようにすることです。その TRPA1 をカエルの卵母細胞に発現させ、温度を上げながら流れる電流を測りました。卵母細胞は、実験でタンパク質の働きを調べるためによく使われる細胞です。
電流が急に増えはじめる点を、熱活性化の閾値として求めています。閾値とは、反応が起こりはじめる境目のことです。ボールパイソンの値も、この実験で出ています。
- ガラガラヘビ(Crotalus atrox):27.6 ± 0.9℃
- アマゾンツリーボア:29.6 ± 0.7℃
- ボールパイソン:32.7 ± 1.3℃
- ラットスネーク(ピットを持たない):37.2 ± 0.7℃
TRPA1 が働きはじめる温度

結果を見ると、ピットを持つ3種は、ピットを持たないラットスネークより低い温度で反応しはじめています。論文は、ラットスネークの TRPA1 も熱には反応するとしています。ただし、閾値が高いぶん赤外線センサーには向いていないという整理です。
ここで、必ず分けて考えてください。この値は、試験管の中の実験で引いた線です。生きたボールパイソンのピットが、その温度でそのまま動きだす、という意味ではありません。もちろん、「32.7℃を下回ればボールパイソンのピットは働かない」という意味でもありません。
これは「餌を何℃にすべきか」の数字ではありません
32.7℃という値は、取り出したチャネルを温めていったときに電流が増えはじめる温度です。獲物やケージの温度ではありません。「餌を32℃まで温めれば反応する」「それ未満だと気づかない」という話ではありませんし、論文もそうは書いていません。解凍や湯煎の温度の目安には使わないでください。
もうひとつ注意があります。2025年の論文は、この数字を「パイソンとボアで約30℃」とまとめています。しかし、原典である2010年の論文は、パイソンとボアを分けて報告しています。そして、ボールパイソン自身の値は32.7℃です。
「約30℃」というまとめだけが引用されると、種ごとの差が見えにくくなります。数字を見るときは、どの種の値なのかまで確認してください。
獲物だけでなく、居場所選びにも関わる
ピットの役割は、狩りだけで語られがちです。たしかに、温かい獲物を探す感覚器としての話は重要です。ただ、論文の書き方はもう少し広いものです。
2025年の論文は、ピット器官の働きをこうまとめています。
「どちらのタイプも獲物の探知と体温調節に役立ち、ヘビが急な熱の変化を感じ取り、適切な隠れ場所を探すことを可能にしている」
ここで注意したいのは、根拠として引かれている研究の対象です。ここで引かれているのは、いずれもマムシ類を対象にした研究です。たとえば2003年の研究は、ガラガラヘビが退避場所を選ぶときに熱放射を使っていることを示したものでした。パイソンやボアで同じことが確かめられたわけではありません。
それでも2025年の論文は、唇のピットの有無が樹上性の生息環境と強く関連していたことを、この方向で説明しようとしています。樹上性とは、樹上を主な生活場所として使う性質のことです。
論文の見立てはこうです。樹冠は、日中には直射日光で急に暖まります。夜には、風と放射で急に冷えます。つまり、地表より熱的に不安定です。そのため、わずかな温度差を読めることが、餌を見つけるうえでも、都合のいい場所を選ぶうえでも効いたのではないか、という説明です。
ただし、ここも断定ではありません。論文はこれを「もっともらしい(plausible)」という語で示しています。実験で確かめられた結論ではない、という書き分けです。
ボアとパイソンで、何度も別々に進化した
ここまで、ピットの構造と働きを見てきました。次は、進化の話です。2025年の論文の本題は、ボアとパイソンの系統樹の上で、唇のピットの有無をたどることでした。
結論から言うと、唇のピットは、ボアとパイソンの中で何度も別々に進化したとされています。ただし、獲得と消失の回数には、解釈の余地があります。
- 祖先の状態はピットが無いこと。そこから複数回、独立に獲得された
- 祖先形質の復元が支持したのは5回獲得・1回消失のシナリオ。パイソン上科ではパイソン科に至る枝で1回獲得され、Aspidites 属の祖先で失われた。ボア上科では4つの系統で別々に獲得された
- ただし論文は、3回獲得・3回消失(Aspidites・Eunectes・Chilabothrus。ただし C. angulifer は除く)という同じくらい倹約的な別のシナリオも併記しています。倹約性だけでは両者を区別できず、ピットが複雑すぎて失われにくいはずだという生物学的な理由を添えて前者を採っています
- ピットの有無と強く関連していたのは樹上性の生息環境と内温性(温血)の獲物を食べること
- 狩りの様式との有意な相関は見つかりませんでした(待ち伏せ型かどうかでは説明できなかった)。活動時間帯・繁殖様式・体サイズ・バイオームも同じです
- ピットを持つ系統で、多様化の速さが上がっているという結果は得られませんでした
この結果を読むときは、ボールパイソンだけにそのまま当てはめないことが大切です。ボールパイソンは、樹上で暮らす種ではありません。主に地表や地中の穴を使います。ただし、登らないという意味ではなく、野外では登木も記録されています。
つまり、樹上性との関連は、多くの系統をまとめて比べたときの傾向です。ボールパイソンという1種の暮らし方を、そのまま説明するものではありません。
また、論文は「鍵となる革新」という言葉の扱いも分けています。多様化を速めたという意味では、ピットは支持されませんでした。つまり、「ピットがあったから種類が増えた」という説明は支持されていません。
一方で、論文は、新しい生態的な領域を開いたという意味では、唇のピットを鍵となる革新と呼んでよいと主張しています。整理すると、「ピットが樹上と温血の獲物への移行を促した」という解釈を、モデル解析が支持したということです。ただし、因果が実証されたわけではないとも論文自身が書いています。
飼育と給餌のときに何が言えるか
ここまでの研究の話を、飼育にどうつなげるかを整理します。
当店の飼育方法の記事には、こう書いてあります。「ボールパイソンは、上唇あたりのピット器官と呼ばれる器官で獲物の体温を感じています。そのため、餌をあげる際は上唇のピット器官あたりに餌を持って行ってあげると、食べてくれる確率が上がります」
今回見てきた研究は、この経験則を直接検証したものではありません。つまり、ピットの近くに餌を寄せると食べる確率が上がる、と言える根拠は出てきませんでした。研究から言えるのは、ピットが唇に沿って並ぶ感覚器だということまでです。
餌や器具を顔に押し当てないでください
ピットは離れた場所の赤外線を受け取る器官で、何かを接触させる必要はありません。「ピットを刺激しよう」として餌やピンセットを顔に押しつけると、目や鼻先を傷めます。
器具で気をつけることは2つです。先の尖っていないものを選ぶこと、そして顔に触れさせないこと。当店の記事も、鋭利なピンセットは飛びついたときに怪我をさせうるとして避けるよう書いています。
餌の解凍と温めについては、姉妹店の解凍方法の記事にまとめてあります。ここでも大切なのは、ピットの話から解凍温度を逆算しないことです。上で書いたとおり、32.7℃は餌の温度を決めるための数字ではありません。
温度勾配についても、分けて考えましょう。温度勾配とは、ケージ内に暖かい場所と涼しい場所を作ることです。ケージに温度の差が必要なのは、ボールパイソンが変温動物で、移動して体温を調節するからです。ピットがあるから温度勾配が必要、という話ではありません。
温度勾配の作り方は、適温と温度勾配の記事にまとめてあります。ピットの話は、その意味づけと矛盾しないというだけです。
まとめ
- ピットの中身は特殊化した三叉神経の線維と毛細血管です。光化学的な変換ではなく、赤外線を吸収した組織が温まることで働くとされています。ただし、信号は脳で視覚と重ね合わされるとされています。
- マムシ類は目と鼻孔の間に1対(ロレアルピット)を持ち、中に宙づりの膜があります。パイソン・ボアは唇に複数のピットを持ちますが、その複雑な構造は持たないとされています。感度も低いと報告されています。
- 熱センサーはTRPA1です。ボールパイソンでは 32.7℃(ボア 29.6℃、ガラガラヘビ 27.6℃、ピットを持たないラットスネーク 37.2℃)という値が報告されています。これはチャネル自体を温めたときの値で、餌やケージの温度の目安ではありません。
- 用途は獲物の探知だけでなく、体温調節と隠れ場所選びにも及ぶとされます。ただし、確かめられているのはマムシ類です。
- 唇のピットはボアとパイソンで何度も別々に進化したとされています。獲得回数には同じくらい倹約的な別解があります。また、狩りの様式や多様化の速さとは関連が見つかりませんでした。
参考にした資料
- Biswas A, Ghosh A, Agashe M. In 'hot' pursuit: exploring the evolutionary ecology of labial pits in boas and pythons. Proc Biol Sci. 2025;292(2045):20250199. doi:10.1098/rspb.2025.0199
- Gracheva EO, Ingolia NT, Kelly YM, et al. Molecular basis of infrared detection by snakes. Nature. 2010;464(7291):1006-1011. doi:10.1038/nature08943
- ボールパイソンとは?生態・特徴から寿命・値段・飼い方まで解説(当店)
- 【永久保存版】ボールパイソンの飼育方法を全部ご紹介(当店)
本文中の「少なくとも4倍」と「隠れ場所選び」は、2025年の論文が出典として挙げている次の研究に由来します。本記事はこれらの原典そのものには当たっておらず、書誌情報のみ確認しました。
- Bullock T, Barrett R. Commun Behav Biol. 1968;1:19-29./Goris R, Terashima S. Prog Brain Res. 1976;43:159-170.(感度の比較)
- Krochmal AR, Bakken GS. J Exp Biol. 2003;206:2539-2545.(ガラガラヘビの退避場所選択)

