先に結論です。呼吸のたびに音がする。鼻や口が濡れている、泡が出る。口を開けたままの時間が長い。——このどれかが出ているなら、環境を直して様子を見る段階ではありません。受診してください。
ボールパイソンの呼吸器感染症は重症化することがあり、見た目だけでは重症度を判断できません。しかもあくびと似た見え方をします。あくび自体は正常な行動で、当店のあくびの記事にまとめています。この記事は、そこから先の話です。
もうひとつ。呼吸器感染症は、細菌だけが原因ではありません。ここ数年、パイソンの飼育下集団で問題になっているウイルスがあります。日本語の飼育情報ではあまり見かけないので、数字と一緒に整理します。
目次
あくびと、どこで分かれるか
どちらも「口を開ける」ですが、分かれ目は3つです。
口を開けているとき、何を見るか

音がするか。分泌物があるか。開けたままの時間が長いか。この3つは、あくびでは説明がつきません。あくびは数秒で終わり、そのあとは普段どおりに戻ります。あくびそのものの意味はあくびの記事に書いたので、ここでは繰り返しません。
獣医学の資料が挙げる症状
Merck Veterinary Manual は、爬虫類の肺炎について「開口呼吸、鼻や声門からの分泌物、呼吸困難が頻繁に見られる臨床症状である」としています。
ここから先は資料の記述ではなく、読むための補足です。声門はヘビの口の底にある呼吸の入り口で、普段は閉じたスリットになっています。口を開けたときに、その周りが泡や粘液で濡れているなら、あくびでは説明がつきません。
原因は1つではない
「呼吸器感染症」とひとくくりにされがちですが、原因はいくつもあります。何が効くかは原因で変わるので、家で判断しきれない理由もここにあります。
細菌
Merck が肺炎でよく分離される細菌として挙げているのはアエロモナス属とシュードモナス属で、「多くの呼吸器感染は混合感染である」としています。1種類の菌を狙い撃てば終わり、という形になりにくいということです。
セルペントウイルス
Merck の別の章に、こう書かれています。「ニドウイルスが、パイソンとボアの肺炎および口内炎の原因として報告されている」。検出は「口腔スワブと気管洗浄液の PCR 検査で可能」とも書かれています(Merck, 爬虫類のウイルス性疾患)。
このウイルスは現在セルペントウイルスと呼ばれ、分類も更新されてトバニウイルス科に置かれています(旧称パイソンニドウイルス)。肺炎・口内炎との関連が報告されているのはパイソンとボアですが、ウイルスの検出そのものはナミヘビ科でも報告があります。
米国の研究チームが、12の集団(11のコレクションと、獣医師や飼い主から個別に提出された個体をまとめた1群)のヘビ639匹・62種から口腔スワブを採って調べた報告があります(Hoon-Hanks ら, Frontiers in Veterinary Science 6巻 338, 2019年)。ここはボールパイソンの飼育者にとって、数字の読み方がいちばん重要な部分です。
パイソン科全体では38%、ただしボールパイソンは5%論文の表によると、パイソン科414匹のうち156匹が陽性(37.7%)。その内訳を見ると、グリーンパイソンが120匹中91匹(76%)と突出しています。ボールパイソンは136匹中7匹で5%でした。
呼吸器症状が観察されなかった個体がいる感染したパイソン144匹のうち85匹で呼吸器症状が見られました。残る59匹では呼吸器症状が観察されていません。症状が見えないことは、感染していないことの証明にはなりません
感染が続いた1つのコレクションを28か月追跡したところ、感染は持続し、ウイルスが排除される様子は観察されませんでした
感染と死亡が強く結びついていたそのコレクションでは感染した40匹のうち30匹(75%)が死亡し、非感染のパイソンは死亡しませんでした。別のコレクションでは20匹中9匹(45%)でした
隔離した群と本体の群が分かれた隔離した群の陽性率は68〜100%のままだった一方、本体の群は5%未満に保たれました。著者らは、近接した個体間で伝播しやすく、適切な隔離は非常に効果的でありうると述べています。ただしこれは、別棟に移し、専用の器具を置き、消毒を徹底した条件での値です。部屋を分けるだけで同じ結果になるという意味ではありません
感染経路について、著者らは糞口感染、呼吸器由来の付着物(器具など)を介した伝播、繁殖時の直接接触を候補として考察しています。いずれも確定ではありませんが、どれも隔離と器具の分離で減らせるものです。
剖検の報告もあります(Dervas ら, Journal of Virology 94巻18号 e00649-20, 2020年)。診断目的で剖検された PCR 陽性のパイソン30匹で、呼吸器以外の臓器にも病変が認められた症例が報告されています。陽性個体を無作為に選んだ研究ではないので、感染すれば必ず全身に広がるという意味ではありません。
調査の数字と、その読み方

この数字の読み方
一般的な感染率としては使えません
12の集団のうち5つは、調査の前からセルペントウイルス感染が分かっていた集団です。著者らは、これが有病率の測定値を押し上げた可能性があると明記しています。さらに、12番目の群は呼吸器疾患が疑われて個別に提出された個体の集まりです。一般の飼育集団を代表する標本ではありません。
そのうえで、ボールパイソンの5%(136匹中7匹)も一般的な感染率ではありません。母数が136匹しかなく、施設の選び方にも上のような偏りがあります。
死亡率75%は、1つのコレクションで、感染した40匹のうち30匹が追跡期間中に死亡したという値です。ボールパイソン一般の致死率ではありませんし、すべての死亡がこのウイルス単独によるものだと証明されたわけでもありません。
それでも、この調査から実務に持ち帰れることが1つあります。同じ施設の中で、隔離した群と本体の群で陽性率がはっきり分かれたということです。
そのほかのウイルス・口内炎から
Merck はフェルラウイルス(パラミクソウイルス科)にも触れています。クサリヘビ類のほか、無毒のヘビやトカゲでも報告があるとされ、「この伝染性の高いウイルスは主に呼吸器症状を起こし、伝播は呼吸器の分泌物によるとみられる」。症状として鼻汁、開口呼吸、口腔内のチーズ状の膿、努力性呼吸が挙げられ、ときに振戦などの神経症状を伴うとされています。
もうひとつ、口の中から来る経路があります。Merck は感染性口内炎(マウスロット)について、初期には口の中の点状出血として現れ、悪化すると歯列に沿ってチーズ状の物質ができるとし、「感染した物質を誤嚥すると、二次性の肺炎につながることがある」としています。
口を開けたら、口の中も見てください
歯ぐきの赤い点や、歯列に沿った白っぽい塊が見えたら、それも受診の理由になります。呼吸の音がしていなくても同じです。
温度をどう動かすか(動かしてはいけない場合)
呼吸器の話になると、どの資料も温度に触れます。理由が2つあります。
原因側では、Merck が肺炎を起こしやすくする条件として「呼吸器や全身の寄生虫、好ましくない環境温度や湿度、換気不足、不衛生な状態、併発疾患、栄養不良」を挙げています。温度・湿度・換気がここに並びます。当店のボールパイソンとは?の記事でも、高い湿度は十分な換気とセットにしないと鱗の傷みや呼吸器の不調につながると書いています。
治療側では、同じ資料にこうあります。
「呼吸器感染症の爬虫類は、その種の至適温度域(POTZ)の中〜上限で維持すべきである。温度を上げることは、免疫系を刺激するためだけでなく、気道分泌物を動かしやすくし、治療が効くように薬物代謝を適切に保つためにも重要である」
ここを読み違えると、加温で殺します
まず、これは「ホットスポットを何℃に上げる」という指示ではありません。Merck が言っているのは至適温度域の中〜上側で維持することで、どこをどう動かすかまでは書かれていません。必要な調整は、いまの温度と測る場所によって変わります。
やることは、上げる前に測ることです。暖側・冷側それぞれの気温と、ヘビが接する床面の温度を実測してください。当店の適温と温度勾配の記事の値(ホットスポット30〜33℃/クール側24〜28℃)は健康な個体の目安で、治療中に何℃にするかは獣医師に確認してください。
そして、当店は「ヘビが接する面を実測して35℃を超えていたら見直す」を線にしています。気温ではなく接触面の温度です。この線と理由は水入れの記事に書いたとおりで、過熱は数時間で命に関わります。温度勾配をつぶして全体を暖かくするのも避けてください。逃げ場がなくなります。
加温は治療の一部であって、治療そのものではありません。
水入れに浸かっているとき
長時間の水浴びは暑すぎるときのサインのひとつですが、それだけで過熱とは判断できません。Merck はダニに寄生された爬虫類も異常に長く水に浸かると書いています。当店の水入れの記事で、温度とダニを順に確認する形にしているのはこのためです。
実測して過熱が確認されたなら、加温を足さずに是正する。そうでなければ、低温の是正が必要な可能性もあります。水浴びの様子も獣医師に伝えてください。
家でやること、やってはいけないこと
ほかの個体への広がりを防ぐという点で、まずやるべきは隔離です。原因が細菌でもウイルスでも共通で、しかも今日から始められます。
できれば別の部屋に移す扉で区切られた別室が理想です。同じ部屋で距離を取るだけでは、十分な隔離とは言えません。別室を用意できない場合の進め方は獣医師に相談してください
世話の順番を最後にする健康な個体を先に、症状のある個体を最後に。終わったら手を洗います
器具を共用しないピンセット、水入れ、シェルター、掃除道具。共用をやめるだけで手間はほとんど増えません
記録するいつから、どのくらいの頻度で、音はするか、分泌物はあるか。動画がいちばん確実です。診察室では症状が出ないことがあります
温度・湿度・換気を測るMerck が挙げている条件のうち、家ですぐ確認できるのがここです。測ってから直します
やってはいけないこと
抗生物質を自己判断で使わない。Merck が挙げているのは混合感染が多いという事実で、薬剤の選択は、診察や培養・感受性試験などを踏まえて獣医師が判断します。
加温だけで様子を見ない。上に書いたとおり、温度は治療の一部です。
新しく迎えた個体を、いきなり同じ器具で扱わない。感染していても症状が出ない個体がいる以上、見た目が元気なことは隔離を省く理由になりません。
隔離の根拠について正確に書いておきます。セルペントウイルスの自然界での感染経路は、この研究では確定していません。著者らが候補として挙げているのは糞口感染、呼吸器由来の付着物を介した伝播、繁殖時の直接接触です。そして同じ研究で、隔離した群と本体の群で陽性率がはっきり分かれました。ただしその隔離は、別棟への移動・専用器具・消毒の徹底を伴うものでした。経路が確定していなくても接触と共用をまとめて減らす方針には裏づけがありますが、徹底の度合いで結果は変わります。
病院に行くライン
音がする呼吸のたびにヒューヒュー、プツプツという音がする
分泌物がある鼻や口が濡れている、泡が出る、口の中に白っぽい塊や赤い点がある
開口呼吸が続く口を開けたままの時間が長い、何度も繰り返す
全身の様子が変わったぐったりしている、食べない、体重が落ちている
受診のときは、多頭飼育かどうか、最近迎えた個体がいるかを伝えてください。セルペントウイルスの検査は口腔スワブの PCR で可能だと Merck にも書かれています。検査するかどうかは獣医師の判断ですが、1匹の話で終わらない可能性がある病気だという前提は共有しておいたほうがいいと思います。
そして、仮に陽性が出た場合。上の調査では28か月の追跡でウイルスが排除される様子は観察されず、長期の隔離が必要になる可能性があります。同じ研究では、感染している個体でも検査が一時的に陰性になることが報告されています。隔離をやめる判断を、1回の陰性や症状の消失だけで下さないでください。再検査を含めて獣医師と相談する話になります。
爬虫類を診られる病院は限られます。困ってから探すと間に合わないので、お迎えの時点で調べておいてください。
当店の考え方
当店では極端な温度変化を避けるため、時期による上げ下げを行わず、室温を年間27〜28℃に設定しています。繁殖のために意図的に温度を下げるクーリングも行っていません。詳しくは適温と温度勾配の記事に書いたとおりです。
この記事の文脈でいうと、設定を動かさないことには副産物があります。設定が動かなければ、変わったのはヘビの側だと考えやすい。ただし設定が一定でも、ケージ内の実測値・換気・衛生状態は変わります。異常に気づいたときは、そこも合わせて見直してください。
そして、繰り返しになりますが隔離です。感染していても4割前後は呼吸器症状が出ていない、という数字がある以上、新しく迎えた個体を見た目で判断するのは無理があります。
まとめ
音・分泌物・長い開口呼吸が出たら受診この3つは、あくびでは説明がつきません
Merck が挙げる症状は開口呼吸・鼻や声門からの分泌物・呼吸困難口内炎が誤嚥から二次性肺炎につながることもあります
原因は細菌だけではないセルペントウイルスはパイソンとボアの肺炎・口内炎の原因として報告されています。フェルラウイルスもあります
「パイソンの38%」を自分の個体に当てはめないその値はグリーンパイソン76%に引っ張られたもので、ボールパイソンは136匹中7匹(5%)でした。しかも12の集団のうち5つは感染が既知でした
呼吸器症状が見えなくても、感染は否定できない感染したパイソン144匹のうち59匹では呼吸器症状が観察されていません
隔離した群と本体の群は分かれた隔離群は68〜100%、本体の群は5%未満。ただし別棟・専用器具・消毒の徹底を伴う隔離での値です
温度は上げる前に測る「ホットスポットを何℃に上げる」という話ではありません。当店はヘビが接する面の実測35℃を見直しの線にしています。治療中の温度は獣医師に確認してください
あくびそのものについてはあくびの記事を、温度の作り方は適温と温度勾配の記事をあわせてご覧ください。
なお、下のストレスチェックは症状が出ていない子の環境を見直すためのものです。すでに音や分泌物が出ているなら、診断より受診が先です。

